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ファンシー・フライト / Fancy Fright (2015)

こころとからだのあいだ


70年年代初頭から80年代にかけて作品を残した、ある写真家に興味を持っていた。その作家の写真を見ると、特別な技巧をこらしているわけではないにもかかわらず、何かしらの違和感とともに被写体の視線が記憶にこびりつく。そこに写っているのは、素朴な子どもたちであり、見慣れた日常の風景のはずなのに。
写真は「自己と他者の関係性を検証するメディア」であるとともに、見る者にとって言葉にし難い自分自身の感覚に触れることのできる装置である。
それは、対象を認識する自分と、それを受け取る自分の心とのあいだに不思議な距離があることを確認させてくれる。
からだを通りこころで受け止めるものや、こころで感じていることの身体への現れには、飛躍がある。それは、夢での場面チェンジのような無差別なものではなく、どこかにその人自身の因果が隠れ潜んでいる。
正しい理由を知りたいとは、少し違う。こころと身体、そのあいだには「飛躍」があるということを、確かめていたいのだ。